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審査員

海外審査員

ロイヤルバレエスクール 校長
Royal Ballet School

ゲイリーン・ストック Gailene Stock

オーストラリアで研修を受けた後、ロイヤルアカデミー・オブ・ダンスの奨学金を受賞し、ロイヤルバレエスクールの上級クラスで学ぶ。オーストラリアバレエ団、カナダナショナルバレエ団、ロイヤルウィニペグバレエ団でプリンシパルアーティストとして、主なクラシック作品や話題性の高い作品の主役を演じた。 16年間のプロダンサーとしての活躍の後、オーストラリアのビクトリアにあるナショナルシアターバレエスクールで8年、オーストラリアバレエスクールで9年間校長を勤めた後、1999年にロイヤルバレエスクールの校長となる。 1997年にはバレエ界への貢献が認められ、オーストラリア勲章を受章。 彼女の知識と経験は国際的に高く評価されており、世界のダンス社会に様々な貢献をしている。 スイスのローザンヌ国際バレエコンクールやユース・アメリカ・グランプリコンクールなどの審査委員長として活躍。

ゲイリーン・ストック

キーロフバレエアカデミー ワシントンDC 校長
The Kirov Academy of Ballet of Washington, DC

マーティン・フリードマン Martin Fredman

ペンシルバニアバレエ、ニューヨークメトロポリタンバレエ、メリーランドバレエと共演。イタリア、フローレンスのコムナレシアターバレエマスター、ロンドンフェスティバルバレエ(現イングリッシュナショナルバレエ)、サンフランシスコバレエ団教員。西ドイツのドートムンドバレエ、バレエマスター兼プリンシパル。オランダのスカピノバレエプリンシパル。オーストラリアバレエ、東京シティバレエ、イスラエルのバット・ドールダダンスカンパニー、ベルリンバレエ、中国セントラルバレエ、香港バレエ、ネーザーランドダンスシアター、ロイヤルスェディッシュバレエ、スエーデンカルバーグバレエ、台北のクロードゲートダンスシアターに於ける夏期講習講師。毎年日本各地に招かれ指導に当たる。 ジャパングランプリジュニアコンクール審査委員長を務める。 1999年ダンスマガジン賞受賞。
2005年旭日小綬賞受賞

マーチン・フリードマン

ミルウォーキーバレエ団 芸術監督
Milwaukee Ballet School

マイケル・ピンク Michael Pink

2002年 ミルウォーキーバレエ団  芸術監督就任。
代表作品として『ピーターパン』が有名。 他手掛けた舞台作品の『ドラキュラ』、 『エスメラルダ』、『白鳥』、『1943年版ジゼル』、『眠りの森の美女』、『ロミオとジュリエット』は21世紀のクラッシクバレエとして 知られている。 彼は有名な振付家、バレエ教師として活躍している。ロイヤルバレエ学校で クラシックバレエを学び、1975年イングリッシュ・ナショナルバレエ団に 入団し様々な主役を踊る。ジョン・クランコの『オネーギン』にてナタリア・マカロワを相手役に主役を踊る。 ニネット・ド・ヴァロア、フレデリック・アシュトン、ルドルフ・ヌレエフ、 レオニード・マシーンらと芸術活動をする。 2008年、ウィスコンシン州ダンス評議会において振付家及びパフォーマンス賞を受賞。

マイケル・ピンク

ユニバーサル・バレエカンパニー 芸術監督
Universal Ballet Company

ブライヤン・ユ Bingxian Liu

延辺芸術学校を卒業し、北京舞踊大学で指導者課程を修了。卒業後、同大学でバレエ教師を務めつつ、ユニバーサル・バレエにソリストとして参加。1995年から広州バレエ団バレエ教師、1997年から中国国立バレエ団バレエ教師を務めながら、振付家としても大いに頭角を現しはじめる。指導した弟子にはローザンヌ国際コンクール、パリ国際コンクール、ヴァルナ国際コンクール等で金賞や銀賞を受賞したダンサーもおり、その卓越した指導力と振付家としての才能に各方面より大きな期待が向けられている。ユニバーサル・バレエではバレエ教師、副芸術監督を歴任し、2009年より芸術監督を務める。
代表的な創作は「パガニーニ・ラプソディー」(2003年)、「The Colors」(2005年)、「春香(チュニャン)」(2007年)。

ブライヤン・ユ

カナダナショナルバレエ学校 Artistic Staff
Canada's National Ballet School

デボラ・ヘス Deborah Hess

NEW YORK生まれ。ABTスクールでバレエを学ぶ。 白鳥のオデット役他いろいろなクラッシクバレエの作品を踊る、コンテンポラリーダンスでも様々な作品を踊る。 ブロニスラヴァ・ニジンスカ 、ルドルフ・ヌレエフ、アサフ・メッスラーらとともに 舞台に立つ。 サンフランシスコバレエ学校の校長補佐を務めた後、1981年にカナダナショナルバレエ学校の上級教員及び学生交換制度のコーディネーターに就任。 ユースアメリカグランプリ、ジャパングランプリなどの審査員を務める。 ボストンバレエカンパニー、ロイヤルデニッシュバレエ学校、シンシナティバレエカンパニーなどでもゲスト教師として活躍している。

デボラ・ヘス

サンフランシスコバレエ学校 Trainee Program Principal
San Francisco Ballet School

フォルヘ・エスキバル Jorge Esquivel

eskibaru

ボリショイバレエ
Bolshoi Ballet

岩田 守弘 

神奈川県横浜市出身。1979年に岩田バレエスクールでバレエを始め、1988年に全日本バレエコンクールジュニア部門で第1位となる。 1988年からソビエトバレエインスティテュートで2年間学ぶ。 1990年1月から国立モスクワ・バレエ・アカデミーで1年半学び、アレクサンドル・ボンダレンコに師事する。1991年10月からは国立ロシア・バレエ団に入団。 数々の国際コンクールに出場し、1995年ボリショイ劇場研究生、1996年に同劇場のソリストを経て、2003年の同劇場の第1ソリストに昇格する(ボリショイでの外国人第1ソリストは史上初)。 2009年11月、ロシア政府より友好勲章を授与される。 2010年3月、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。 2011年10月7日、今シーズン限りでの現役引退及びバレエ振付師への転向を表明。 2012年7月17日、ボリショイ劇場新館にて、自身の退団記念公演に出演。17年間のボリショイ・バレエ団でのダンサー生活に終止符を打つ。

岩田守弘

リスボン国立コンセルヴァトワールダンススクール校長

ペドロ・カルネイロ Pedro Carneirok

グルベンキアンバレエ学校でバレエを始め、ジョンクランコバレエ学校にてダンサーディプロマを取得。 ドイツ、ボンにあるハーゲン劇場やリスボン国立バレエ にて踊る。サンクトペテルブルクのワガノワ学校にて 教師の資格を取得。1996年よりリスボン国立コンセルヴァトワールダンススクール でクラッシクバレエ、キャラクターダンスを教えている。2009年に当校の校長 となる。 世界中の様々なコンクールの審査員を務める。 ヴァルナ国際コンクール、ジャパングランプリ、ユースアメリカグランプリ、 ブラジルサンパウロバレエコンクール等。

ペドロ・カルネイロ
薄井 憲二

日本バレエ協会会長。京都バレエ専門学校教授(舞踊歴史研究家)。1924年東京生まれ。東京大学経済学部卒。東勇作、ヴィタリー・オシンズ、アレクセイ・ワルラーモフに師事。モスクワ、ヴァルナ、ジャクソン国際バレエ・コンクール審査員を歴任。現在日本バレエ協会会長、ロシア国立モスクワ・ボリショイ・バレエアカデミー名誉教授。・著書「バレエ誕生から現在までの歴史」ほか・訳書「バレエ」「踊る大ニューヨーク」ほか

薄井 憲二

ボリショイバレエ学校 校長
The Bolshoi Ballet Academy

マリーナ・レオノワ Marina Leonova

ボリショイ・バレエ学校校長。モスクワ生まれ。1963年モスクワアカデミックスクール振付科に入り、ロシア共和国の国民的芸術家/ガロフキナ教授に直接指導を受ける。学校卒業後、国立ボリショイバレエ劇場に招かれる。ボリショイ劇場では、種々様々なバレエの役を踊る。彼女の得意とする作品を一部紹介すると:プロコフィエフ作「石の花」の“鉱山の女主人'役、ハチャトリアン作「スパルタクス」の“エギータ"役、アダンの「ジゼル」、メリコヴァ作「愛の伝説」の“メフメンバヌ"役、ストラビンスキー作品の“火の鳥"等々。更に「ライモンダ」「ロメオとジュリエット」、「白鳥の湖」、「ドン・キホーテ」にも出演。2002年4月からはモスクワ国立バレエアカデミー(ボリショイバレエ学校)の校長となる。レオノワの教え子達の中には、いろいろな受賞者達:国立ボリショイ劇場ソリストーEアンドリエンコ、Aヤツェンコ、更にAハザノワがいる。又世界中の子供達を数多くのバレエコンクールで入賞に導いている。例えば、ローザンヌバレエコンクールで1995年日本の康村和恵、パリのバレエコンクールで2位入賞、1998年ベルミ「アラベスク」で韓国のべ・ジュン・ユンが第1位、針山愛美は1997年パリのコンクールで2位、また韓国のキム・ジュ・ポンはモスクワ国際バレエコンクールで2001年3位入賞等々輝かしい指導者である。

マリーナ・レオノワ

チューリッヒダンスアカデミー校長

ステフィー・シヤーザー Stem SCHERZER

チューリッヒダンスアカデミー校長。ザクセン州シュトルベルク生まれ。ベルリンバレエ学校にてバレエの教育を受けた後、1975年にベルリン国立歌劇場バレエ団入団。1978年ソリストに昇格。1987年プリマに昇格。
[受賞歴]1978年ヴェロナ国際コンクールブロンズ賞。1981年ドイツ国際コンクール1位及び芸術批評家賞受賞。
[主なレパートリ ]古典から現代まで幅広い作品を踊る。古典作品/「くるみ割り人形」「ジセル」「白鳥」「眠りの森の美女」「ドン・キホーテ」「コッベリア」「ロミオとジュリエット」「バヤデール」「パキータ」「ウンディーネ」「スパルタクス」「カルミナブラーナ」などの主役を踊る。バランシン作品/「シンフォニーインC」「ヴァイオリンコンチェルト」「4つの気質」「テーマとウァリエーション」「チャイコフスキーパドドウ」。ロ―ランプティ作品/「若者と死」「カルメン」等。モーリスベジャール作品/「シェヘラザード」のプロポーズのロ―ズ役(彼女の為モーリスが作成)。ピエール・ラコット作品/初演「妖精の湖」。ミカエルフォーキン作品/「瀕死の白鳥」。2003年ダンサー引退後、ベルリン国立歌劇場にてダンサーの育成に務め、生徒達は世界の有名なコンクールで優秀な成績を収める。2007年よりチューリッヒダンスアカデミーの校長を務める。同校はユースアメリカグランプリ、ローザンヌグランプリの提携校。

ステフィー・シヤーザー

国立アカデミーダンスプリンセスグレース校長

ルカ・マサラ  Luca MASALA
1981年 ミラノスカラ座バレエ学校で学ぶ
1985年 ABTバレエスクールで学ぶ
1987年 モナコ王立グレースバレエ学校で学ぶ
スタンレー・ウィリアムズ、ウラジミール・ワシリーエフ、ルドルフ・
ヌレエフ、ミハイル・バリシニコフらに師事。
17歳でフランダースのロイヤルバレエ団入団。
バランシン、ベジャール、チューダー等の作品を踊る。
1995年 シュツットガルトバレエ団入団
著名な振付家ハンス・フォン・マネン、イリ・キリアン、ジョン・ノイ
マイヤー、ウィリアム・フォーサイスらの作品を踊る。
キーロフバレエ団、ミラノスカラ座バレエ団等ゲストダンサー。
2000年 バイエルン国立バレエ団入団。
クラッシク・コンテンポラリーの幅広い分野の作品で主役を務める。
2008年 キャピトルバレエ団 バレエマスター
2009年 モナコ王立グレースバレエ学校校長に就任
ルカ・マサラ

中国遼寧バレエ学校校長

ドン・スー・ジュン Don Sue Jun

1978年 瀋陽音楽学院バレエ科卒業
1978年 遼寧バレエ団プリンシパルに就任
1998年 北京舞踊学院振付・ディプロマ認定
2001年 遼寧バレエ学校校長に就任
    中国遼寧省舞踊コンクール最優秀振付賞受賞

ドン・スー・ジュン

カンヌ・ロゼラ・ハイタワー 
マルセイユ国立ダンススクール高等科校長

パオラ・カンタルポ Paola Cantalupo

カンヌ・ロゼラ・ハイタワーマルセイユ国立ダンススクール高等科校長 10歳の時ミラノ・スカラ座バレエ学校に入学し、コール・ド・バレ エとして踊り出す。 1977年にローザンヌ国際バレエコンクールで金賞を受賞し1979年に はブリュッセルにあるモーリス・ベジャール20世紀バレエ団に入団 する。 1980年にはジョン・ノイマイヤーに入団を勧められ、ハンブルク・ バレエに入団する。 1984年ポルトガル国立バレエにプリンシパルとして入団した4年後モ ンテカルロバレエにソリストとして入団し、1989年にエトワールに 任命され20年間モナコで活躍する。それと同時期にローザンヌ国際 コンクールの委員として出場者の指導に携わる。 2009年1月にカンヌ・ロゼラ・ハイタワーの校長に、2012年にはマル セイユ国立ダンス学校高等科の校長に任命された。

カンタルポ

シュツットガルトバレエ学校主任教授

ドミトリー・マジトフ Dimitri Magitov

デイミトリ-・マジトフはロシアのキエフで生まれた。 最初はキエフのバレエスクールで訓練を受け、その後モスクワ のバレエアカデミーに入学、1992年に卒業。1992年から1995年 にかけてモスクワステートインステイテユートでバレエ教授法を 学ぶ。 1996年、1997年にはシュトウットガルトバレエ学校で働く。200 4年から2005年にかけ眠れる森の美女などでソリストとして活 躍、ジョージ・バランシン等の他多数の演目で活躍した。 2001年から2003年にはヴユルテンベルクステートシアターや ジョンクランコバレエアカデミーでバレエ教師トレーニング コースを修了した。 2010年にはジョンクランコスクールの教師に就任した。

domitoli

元米国ボストン芸術監督

アンナ・マリー・ホームス Anna Mariee Holmes

Anna-Marie Holmesはカナダ生まれ。カナダやロンドンでは ヘイノ・ハイデン、リデイア・カルポヴァ、ウィン・ション などを教えたことがある。ニューヨークではフェリア・ドユ ブロフスカとバレエの勉強を続けレニングラードではキエロ フのナタリヤ・ドユデインスカやアレキサンダー・プシュキン 達と練習に励んだ。ロンドンフェステイバル、ロイヤルスコ ッティッシュバレエ、ナショナルバレエオブホーランドなど で活躍した。振り付け師のマクドナルドやデミル、ページな どが彼女のために作品を手がけたこともある。ポルトガルに インターナショナル・アカデミーオブダンスコスタドソルを 設立し芸術監督としても従事した。くるみ割り人形、シンデ レラ、白鳥の湖、眠れる森の美女など多くのステージを手が けた。古典バレエでも沢山の作品を教えている。1985年、19 97年ボストンバレエで芸術監督としてジゼルやドンキーなど の新しい舞台を作り上げた。1990年と1994年にはミシシッピ ー州のジャクソンでインターナショナルコンクールの芸術監 督を務めた。また、ユースアメリカングランプリの審査員と して活動している。

アンナマリー

キエフ国立バレエ学校芸術監督

寺田宜弘 Nobuhiro TERADA

1987年 キエフ国立バレエ学校入学 1995年 キエフ国立バレエ学校卒業、バレエ団にソリストとして入団 1999年 ウクライナ・アカデミー大学芸術学部教育学科卒業      セルジュ・リファール国際コンクール第2位受賞 2002年 ロシア正教会より聖スタ二スラフ勲章受章 2003年 ウクライナ大統領よりウクライナ功労芸術家の称号を受ける      2004年 京都市自治記念日国際交流賞受賞 2008年 ウクライナにおける国際子供バレエコンクール審査員として活躍 2011年 京都市国際交流賞受賞      京都迎賓館にてウクライナ大統領をお迎えし、ウクライナ民族舞      踊「ゴパック」を披露。京都市キエフ市姉妹都市提携40周年を      記念し、キエフ市シェフチェンコ・オペラ劇場にて記念公演を開      催する 2012年 キエフ国立バレエ学校芸術監督に就任 2014年 マラーホフ氏をキエフ国立バレエ学校へ迎え「仮面舞踏会」を公演      キエフ・バレエシアター設立

寺田宜弘

中国遼寧バレエ学校校長

ドン・スー・ジュン Don Sue Jun

1978年 瀋陽音楽学院バレエ科卒業
1978年 遼寧バレエ団プリンシパルに就任
1998年 北京舞踊学院振付・ディプロマ認定
2001年 遼寧バレエ学校校長に就任
    中国遼寧省舞踊コンクール最優秀振付賞受賞

ドン・スー・ジュン

ノースウェストフロリダバレエ団最高責任者、芸術総監督

トッド・エリック・アレン Todd Eric ALLEN

ノースウェストフロリダバレエ団最高責任者、芸術総監督。14歳の時、地元のフロリダ州フォートワルトンビーチにあるノースウェストフロリダバレエ学校でバレエを初める。その一年後、奨学金を受け、ニューヨークシティにあるジョフリーバレエ学校に入学。同校で5年間の練習を積んだのち、奨学生としてヴァージニア・インターモント・カレッジに通う。在籍中、ダンスマガジン奨学金を授与される。アレンはルイスヴィルバレエ、ボストンバレエ、 レ・グラン・バレエ・カナディアンなどで公演するなど、ゲストアーティストやゲストインストラクターとして全米で公演に参加。1992年のボストンバレエでの公演時、IYANUという作品で初めて振付をする。その後、アストル・ピアソラヘの敬意から、ブリレータンゴの振付を行う。アルセンチン人の作由家である、クラウディオ・ラガッツィと共に行い、生のタンコ五重奏を特徴付ける作品をつくりあげる。アレンはその後も作品を全米のバレエ団の為に制作している。1995年夏、ノースウェストフロリダバレエに芸術総監督として招聘され、就任。それ以来、9年間芸術監督を務めている。2003年、アレンはノースウェストフロリダバレエに無料の一般教育を施す芸術小学校を設立した功績から、コックスブラボーチャンピオン芸術賞を授与される。2005年、3ヶ月の間、人気ブロードウェイショーであるムービンアウトにて公演。2006年、ジャクソン国際バレエコンクールでインストラクターを務める。

トッド・エリック・アレン

ベラルーシ国立ボリショイバレエシアター芸術監督及びチーフ振付家

バレンチン・エリザレフ Valentin YELIZARIEV

1973年ワガノワ振付学校とサンクトペテルブルグにあるリムスキーコルサコフ・コンセルバトワールのバレエ学校を卒業後、ミンスクのベラルーシ国立ボリショイバレエ学校及びシアターで、主任振付家の地位を得る。
1976年ベラルーシ共和国の最優秀奨学生ベラルーシ名誉アーティスト。
1979年ベラルーシ国民栄誉賞
1985年ソヴィエト連邦国民栄誉賞
1995年ベラルーシ国立音楽学校教授
1996年国際スラブバレエ学校教授
1992年ベラルーシ国立ボリショイバレエシアターの芸術監督及びチーフ振付家。
1993年モスクワ第7回国際バレエコンクールで最優秀振付家として特別賞受賞。
1996年パリユネスコ宮殿でこの年のベスト振付家となり、「パッション」(ログネダ作)で「ベノワドラダンス」賞を受賞。

バレンチン・エリザレフ

ミラノ・スカラ座バレエ学校 校長
Scuola di ballo dell' Academia d'Arti e Mestieri dello Spettacolo del Teatro alla Scala

フレデリック・オリヴィエリ Frederic OLIVIER

ニース生まれ。
1977年 パリにあるミュージック・ダンスカレッジを卒業
      ローザンヌ国際コンクール1位受賞しパリオペラ座
      バレエ学校入学
1978年 パリオペラ座 入団
      ルドルフ・ヌレエフと共にモンテカルロバレエ団の設立に
      携わり同団プリンシパルダンサーになる。
      オペラ座エトワールとしても活躍。
1993年 モナコ王国文化勲章(騎士)を受賞
1994年 ハンブルクバレエ団に招かれる。
1996年 マッジョダンスカンパニーにて2年間バレエマスター、
      振付師として活躍する。
1998年 チューリッヒオペラバレエにてバレエマスターを務める。
2000年 マッジョダンスカンパニー芸術監督に就任。
2000年 9月 ミラノスカラ座バレエ団のバレエマスター長就任。
2002年 ミラノスカラ座バレエ団 芸術監督、同バレエ学校校長
      に就任。

バレンチン・エリザレフ

ハンガリー国立ブダペストバレエ学校 元校長
Hungarian Dance Academy

イムレ・ドージャ Imre Dozsa

1959年ハンガリーバレエインスティチュート(現:ハンガリーダンスアカデミー)を卒業。直後、ハンガリーナショナルオペラ団に加入。1963年にソロダンサーになる。コンテンポラリーバレエは勿論、クラッシクバレエすべての主要な男性の役を演じた。(「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」、「白鳥の湖」、「ジゼル」、「ラフィユマルガルデ」など。)「中国の不思議な役人」や「かかし王子」、モーリス・ベジャール作品「春の祭典」、「火の鳥」などの異なる振付においても大きな成功を収め、振付においても新しい作品を作り上げ、主役として踊った。ハンガリーナショナルオペラの他にもストックホルムとベルリンのバレエ団メンバーであり、ヨーロッパ中の舞台に常に出演。1985年~1986年ハンガリーナショナルオペラのバレエ監督。1989年~1992年サンチアゴ・デ・チリオペラのバレエ監督。ストックホルム・ロイヤルバレエ、デュッセルドルフ・オペラ、また、他のバレエ団からも指導者として招かれた。 1979年ハンガリーバレエ・インスティチュートの総監督となり、彼の指導力の下バレエ団はレベルアップを果たした。ブタベストジュニアバレエと共に、又、アカデミーの競争相手と共に、更に又、2000年初演の「くるみ割り人形」などで彼自身にとっても、学校にとっても大きな成功を収めた。ハンガリーダンスアカデミーは21世紀の初年度に新しい建物に移り、バレエスタジオ、教室、寮、図書館、200人収容の小劇場を備えた立派なキャンパス場である。ハンガリーで最も高い芸術家として認められた数々の意義深い重要な賞を受賞している。

イムレ・ドージャ

サンノゼバレエ団芸術総監督

デニス・ナハット  Dennis NAHAT

8歳の時、デトロイト、ミシガン州にある、リカルデウスタジオでバレエを始める。その後、ジュリアード音楽学校でダンスを専攻し、音楽を副専攻する。17歳の時、全額奨学金を
授与。1965年、当時新しかったシティセンタージョフリーバレエ団に入る。1966年~1968年の間、ブロードウェイミュージカルの“スイートチャリティー"に出演。1968年に
はアメリカンバレエシアターに入り、1979年までプリンシパルとして活躍。1972年、クリーブランドバレエ学校を1976年にはクリーブランドバレエ団をイアンホーバスと共同
で設立する。1983年には芸術総監督になり、1985年にはサンノゼバレエ団とサンノゼクリーブランドバレエ団とで共同事業を開始。それぞれの地域にて15年間の活動後、バレエ
・サンノゼシリコンバレエとなり、現在はバレエサンノゼとして活動中。彼の振付した作品の分野は多岐に渡り、これまでバレエ、ブロードウェイショー、テレビや映画などで104作
品を制作。また、アメリカン・バレエシアター、アトランタバレエやスウェーデン・ロイヤル・バレエなどで振付を担当、その他にも数多くのバレエ団で彼の作品を上演した。彼の作
品で36曲のエルヴィス・プレスリーを使った革新的なバレエのブルースウェードシューズとぃうのがある。この作品は全米で放映され、エミー賞の2部門にノミネートされた。ま
た、名古屋国際バレエコンクールでは参加者や生徒を指導。2000年7月にはデンマークコベンハーゲンに4回目の訪問。権威あるバルトリンインターナショナル・バレエセミナーで
振付、パドドゥ、レパートリークラスを教える。

デニス・ナハット

ミラノ・スカラ座バレエ学校 校長
Scuola di ballo dell' Academia d'Arti e Mestieri dello Spettacolo del Teatro alla Scala

アンナ・マリア・プリナ Anna Maria Prina

アンナマリアは9才でスカラ座バレエ学校に入学し、1960年卒業証書を取得、1963年にはモスクワボリショイ劇場の上級クラスに入学を許可される。又、キーロフバレエスクールで、2年間学んでいる。スカラ座シアターでは、クラシック・アカデミック・バレリーナとしてモダンの解釈をし、多くの重要な役を演じ続けた。アカデミックバレエの上級クラスを終了後、1974年そこで「Sovrintendente  Paolo Grassi」と呼ばれ、ミラノ・スカラ座バレエ学校を現在まで校長として指導している。アンナ・マリアは、1976年より年間スクール公演を制作・主催している。1979年イタリア教育省は彼女を優秀・高度な教育指導者としての賞「a First Degree Master Diploma and Clear Fame Qualification for Teaching」を授与している。また、ローザンヌ、モスクワ、名古屋等多くの世界のコンクールの審査員にも招待されている。更にロシアのクラシックバレエ教本を翻訳したり、バレエ辞典、書物、雑誌を執筆したりもする。1995年には初めてクラッシク・メソッド本を出版したり、スカラ座シアターはじめ他劇場でもさまざまな振付を担当している。

アンナ・マリア・プリナ

ウィーン国立歌劇場バレエ学校
Ballettschule der Wiener Staatsoper

シモーナ・ノア  Simona Noa

ルーマニアオリンピック体操選手養成チームに所属。後、ルーマニアのクルージナポカアカデミーにてワガノワバレエメソッドを習得。ルーマニア クルージナポカの大学にてルーマニア語、英語の言語学の学位を取得。
[レパートリ ]
クラシック:白鳥の湖、 ドン・キホーテ、ジゼル、ライモンダ、コッベリア、クルミ割り人形、海賊、ロミオとジュリエット、オネーギン、マノン、 シンデレラ、カサブランカ他。モダン(振付家):ジョージ・バランシン、 レイ・バーラ、ロ―ラン・プティらの作品。
[受賞歴]1990年 ジャクソンコンクール銀メダル、2001年 「Danza&Danza」マガジン2001年ベストダンサー賞2002年 「Steaua Romanie」ルーマニア最高文化賞。2008年 オーストリア 科学・芸術最高名誉賞
[功績]2002年 シモーナ・ノア文化財団設立。2006年 ウィーンダンスアートスタジオ設立2006年~2009年 ウィーンlmPulsTanzフェスティバルにてゲストティーチャー2009年 ルネフェス・ダンスアートカンパニー設立2010年 ウィーン国立歌劇場バレエ学校校長

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ジョン・クランコ・スクール(国立シュツットガルトバレエ学校) 校長
John Cranko-Schule

タデウス・マタッチ Tadeusz Matacz

シュツットガルト・バレエ付属・ジョン・クランコ・スクールは1971年創設
タデウス・マタッチ氏は現在の校長
シュツットガルトに生まれる。プライベートスクールにてクラシックを学び始め、
後にシュツットガルトバレエ団付属ジョン・クランコ・シューレに入学する。
1986年に卒業後シュツットガルトバレエ団に入団。1994年ソリストに昇格し、
1997年にはプリンシパルに任命される。
以後ジョン・クランコ振付による「ロミオとジュリエット」、「オネーギン」など
バレエのすべてのクラシックの重要な役を踊る。又他の振付家、バランシン、アシュトン、マクミラン、ベジャール、フォン・マーネンの作品にも及ぶ。
1998年冬のオリンピックでは開会式においてシュルツ振付のパ・ド・ドゥ他ロイヤルバーミンガムバレエ団やハノーバーバレエ団にも客演。
1999年にはジョン・クランコの名作「オネーギン」のタイトルロールの演技に対し、ブノワ・ド・ラ・ダンス賞(毎年、前年度にもっとも活躍したダンサーと振付家に与えられる世界的に名誉ある賞)にノミネートされた。
退団後の2003年から同アカデミーの正教師として迎えられた。
2005年度のNBAバレエ団の審査員も務めた。
マタッチ氏は、ワルシャワのステート・バレエ・スクールを卒業後、ワルシャワ・グレート・シアターでプリンシパルになった。1984-1992年Karlsruheの州立Badischeシアターのソリストを、1992-1998バレエマスターになり、このシアターの振付を担当した。1999年からシュツットガルトのジョン・クランコ・スクールの理事になり、世界各国のコンクールの審査員として数多く招待されている

タデウス・マタッチ

イングリッシュ・ナショナル・バレエ学校 校長
English National Ballet School

ジェーン・ハケット Jane Hackett

ジェーン・ハケットはロイヤルバレエスクールでバレエを学び、続いて英国、ドイツ、オールトリア、イタリア、メキシコ等のバレエ団で数多く踊ったり、振付も担当している。
ジェーンはクラシックだけでなくバランシンを始め新作ものまで幅広いレパートリーをこなしてきた。 教師の時代を経て、その後サドラーズウェルズロイヤルバレエ団、バーミンガムロイヤルバレエ団の教育を担当し、若い才能あるダンサーに「よいチャンスを」与えようとロイヤルバレエ団の教育システムを研究・実践してきた。
一方バーミンガムロイヤルバレエの教育のトップとしてダンサーの資格・取得コースを設立している。ジェーンは更にスクールはすべてのコースで高い水準を保ち、各生徒は一人一人に合ったガイダンスを受けてその才能を十分生かせる機会を与えられるべきであるとの方針を打ち出している。

ジェーン・ハケット

ウィーン国立歌劇場バレエ学校主任教師

ジョランサ・シーフリード
  • 1964  オーストリア・ヴィエナ出身
  • 1971 79  ウィーン国立歌劇場バレエ学校、カンヌのローゼラ・ハイタワーズ“センター・ドゥ・バレエ、インターナショナル”にてガブリエル・ポペスクと共にクラシックバレエを学ぶ
  • 1979 2003  ウィーン国立歌劇場バレエ団団員
  • 1984  ソリスト昇格
  • 1998  第一ソリスト昇格

“オデット/オディール”, “ライモンダ”, “ドン・キホーテ”, “眠れる森の美女” (ヌレエフ版・ライト版), “ロミオとジュリエット” (クランコ版), “ラ・フィール・マルガルデ” (アシュトン版)等の主役を踊る。また、バランシン、アルピーノ、バン・ダンツィーク、マシーン、マクミラン等のレパートリーがある。ノーマイヤー、キリアン、ヴァンマーネン等と共に仕事をし、ピーター・シャウフス、マニュエル・ルグリ、ハランゴゾ、タマス・ソリモジ等とパートナーを組む。
ウィーン国立歌劇場バレエ団でヨーロッパ、日本、韓国、イスラエル、キューバなど各国を巡業。

ジョランサ・シーフリード

国内評論家
(50音順)

うらわ まこと

舞踊評論家。松蔭大学教授(経営学)
1950年に戦後初のバレリーナ松尾明美の相手役として「ジゼル」、「コッペリア」、「白鳥の死」など多くの古典全幕や創作作品を踊り、その後舞踊評論に。
芸術祭、芸術選奨、海外。国内研修員など多くの文化庁関係および芸術文化振興基金の審査委員、選考委員を歴任。松山バレエ団、橘秋子記念財団、服部智恵子、江口隆哉、河上鈴子、中川鋭之助などの賞の選考委員、全国(東京新聞)、こうべ全国、埼玉、北九州などの各種コンクール審査委員。オン・ステージ新聞、バレリーナヘの道、ダンスマガジンの他、東京新聞はじめ各地の新聞、雑誌に寄稿している。新国立劇場舞踊専門委員、評価委員を務めた。(社)全国公立文化施設協会の事業活性アドヴァイザーとして、セミナーやワークショップの企画・実施、機関誌への執筆や、ビデオの解説書の作成などを行っている。

うらわまこと

藤井 修治

舞踊評論家。東京生まれ。NHKに入ったが、早くに事務系からディレクターに転進し、クラシック音楽から洋舞などの外来美術を扱う番組を量産した。しかし長生きしたいと早めにNHKを退職し、フリーターとして番組作りをするかたわら、新聞や雑誌に記事を書く。芸術祭の審査委員など、いくつかの賞の選考委員をつとめたほか、いくつかのコンクールの審査員もつとめている。近年は次第に日本の伝統や花鳥風月に親しんでいる。

藤井修治

寺村 敏

長野県松本市出身。舞踊ジャーナリスト。明治大学工学部(電気工学工業意匠専攻)卒。読売新聞文化部記者として音楽・舞踊を担当後に独立。英米仏独伊露豪など世界30都市で公演取材。J・レノン、G・ハリスン、F・マーキュリーらにインタビュー。英国ロックQUEENなどの来日公演プログラムをデザイン、アーティスト商品をプロデュース。姫神、高橋真梨子などのコンサートの構成・演出を担当。「カルメン」「ノートルダム・ド・パリ」「くるみ割り人形」「眠れる森の美女」などバレエ台本執筆。作訳詞多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、アーツプラン21芸術文化振興基金などの審査選考委員を歴任。「NAGANO全国」「横須賀国際」などバレエコンクール審査員。日本照明家協会賞選考委員。

寺村 敏

舞踊家審査員(50音順)               

安達 哲治

1948年生まれ。6歳より近藤博に手ほどきを受け、同志社大学入学とともに有馬龍子に師事し、バレエ団のエトワールとなる。上京後、1973年、漆原宏樹の内弟子となり、牧阿佐美バレヱ団に入団、ソリストとして又、京都バレエ専門学校の教授として長年活躍する。その間、パリ・オベラ座スタイルをイヴェット・ショヴィレ、ミッシェル・ルノーより修得し、あらゆる作品の解釈等、手ほどきを受ける。1994年より振付師としてスタートするが、それまでに海外公演の主役やゲスト・アーティストとして13回にわたり出演する。特に創作バレエにおいてヨーロッパで絶賛された。1997年よりNBAバレエ団の芸術監督に就任し、すでに古典、創作作品を多く振付し、理知的作風に注目を受けている。舞踊作家協会会員。ジャクソン国際コンクール審査員。1979年、専修学校教員認定授与。1992年、文化庁芸術祭賞受賞。1993年、文化庁在外特別研修員(ロイヤル・バレエ団、パリ・オペラ座、オーストラリア・バレエ団にて研修)。2004年、橘秋子賞特別賞受賞。2006年、ジャクソン世界コンクール審査員。

安達哲治

浅野 正

日本大学芸術学部演劇科卒業。武内正夫、江川明、松山樹子の各師に師事。松山バレエ団の《白毛女》で抜擢され《紅色娘子軍》に主演。日本全国、また4回の訪中公演、イタリア、英国、ギリシャ等の公演に主役として参加。連夜《白鳥の湖》の王子を務める。デンマークに残る初期のパレエスタイルであるブルノンヴィル・メソッドに傾倒。《ラ・シルフィード》のジェームス、《ナポリ》のジェンナーロをはじめ、《ロメオとジュリエット》のパリスなどの性格俳優的なもの、《セレナード》のプリンシパル等、バランシンの作品などでも高い評価を得た。京劇をこよなく愛し、その精神と技法を取り入れ《春節序曲》《弓舞》をはじめ全ての作品に反映している。現在、NBA全国コンクールや日中友好バレエコンクール等の審査員。NBAバレエ団教師、振付師。バレエTAMA、日本ワーグナー協会日本シベリウス協会、東京日中友好協会各会員、国立音楽大学教員。

浅野正

有馬 えり子

故有馬龍子の次女として京都に生まれ、母の許で3歳よリバレエを始める。ほかに故有馬五郎、故服部智恵子、故井上博文、島田廣、薄井憲二、石田種生、安達哲治に師事。1976年、 ドイツ・シュツットガルト・バレエ学校に留学。1977年、同志社大学文学部文化学科美学卒業、高等学校教諭2級普通免許取得。京都バレエ専門学校卒業専修学校専門課程教員資格取得。1993年 京都バレエ専門学校2代目校長に就任。NBA全国バレエコンクール審査員、ザ・バレコン名古屋審査員、こうべ全国洋舞コンクール審査員。
所属:日本バレエ協会会員/国際芸術家協会会員/京都日仏協会会員/全京都洋舞協議会会員

有馬えり子

石田 種生

多くの古典バレエや「バフチサライの泉」「オセロ」に主演する一方で「枯野」「祇園祭」「女面」をはじめ、原爆をテーマにした「ヒロシマのレクイエム―うしろの・しょうめん・だあれ」など、日本の風土的バレエを創作。橘秋子特別賞、ニムラ賞、東京新聞・舞台芸術賞のほか、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章を受章。現在、東京シティ・バレエ団理事。新国立劇場運営財団理事。多くの古典バレエや「バフチサライの泉」「オセロ」に主演する一方で「枯野」「祇園祭」「女面」をはじめ、原爆をテーマにした「ヒロシマのレクイエム―うしろの・しょうめん・だあれ」など、日本の風土的バレエを創作。

石田種生

今田 真規子

10才の時、服部島田バレエ団の古藤かおる先生よりバレエの手ほどきを受ける。その後、本格的に勉強するため、小牧バレエ学園に入学、大滝愛子先生の元で研鑽、舞台、テレビなどに出演 1967年今田バレエ研究所設立、生徒の指導に当たる傍ら香取紀代子先生の元でフラメンコを学び、公演にも参加、現在西東京市にスタジオ、練馬区、埼玉県上尾市などに支部がある。

今田真規子

井脇 幸江

元東京バレエ団プリンシパル。Iwaki Ballet Company 代表、井脇幸江バレエスタジオ主宰。 類いまれなる表現力と恵まれた容姿で日本のみならず世界でも評価を得ている。 8歳より団付属の東京バレエ学校にてバレエを始め、18 歳で同バレエ団に入団。コール・ド・バレエを経てソリスト、プリンシパルへと上り詰めた。指導者としての評価も高く、日本各地へゲスト教師として招かれている。2007 年には待望の井脇幸江バレエスタジオを開設。2012 年 3 月、東京バレエ団を退団後、8 月 Iwaki Ballet Company(IBC)を創立した。同年 12 月に旗揚げ公演『ジゼル』全幕を上演。2013 年 3 月『Ballet Gala 2013』、9 月「井脇幸江の語る講演会」、10 月『ドン・キホーテ』全幕を上演。2015 年 2 月に『眠れる森の美女』全幕を上演。7 月には『Ballet Gala 2015』で本格的なアルゼンチンタンゴを披露し、8 月には『ドン・キホーテ』全幕の再演を果たした。トップダンサーとしてだけではなく、創作活動にも意欲を示し、振付を試み、舞台を創っていき、常に客席に驚きを投げかける姿勢は高く評価されている。

井脇幸江

石井 竜一

横浜市出身。8歳の頃より横瀬三郎に師事。 1996年 谷桃子バレエ団入団。谷桃子、赤城圭に師事。 以後、同団において、“ジゼル”のペザント、“くるみ割り人形”の王子、 “白鳥の湖”の王子、道化、“ドンキホーテ”のバジル、“ロミオとジュリエット” のマキューシオ、“レミゼラブル”のジャベル、“バラの精”等を踊る。他にC REATIVEPERFORMANCEatパーシモにおいて、“RIVER”を振付発表。 1999年 日本バレエ協会全国合同バレエの夕べ東京支部“くるみ割り人形”主演。 2000年 日本バレエ協会ヤングバレエフェスティバル“パキータ”主演。8月より 文化庁在外研修員として一年ボストンバレエへ留学。 2002年 日本バレエ協会北海道支部全道バレエフェスティバル“コッぺリア”主演。      前年に続き、バレエシャンプルウエスト“くるみ割り人形”主演。 2003年 日本バレエ協会都民芸術フェスティバル“くるみ割り人形”主演。 日本バレエ協会北海道支部全道バレエフェスティバル“リゼット”主演。 2004年 谷桃子バレエ団退団。仲間とReFACEを作り“温胡知新”を演出。      “レディマクベス”全国ツアー出演。 自身プロデュース公演“ふたり”を 演出振付発表。 2005年 日本バレエ協会全国合同バレエの夕べ中国支部“コッぺリア”主演。 2006年 早川恵美子、早川博子に師事。日本バレエ協会ヤングバレエフェスティ バル“卒業舞踏会”スコットランド人を踊る。11月終わりより、文化庁在外 研修員として80日間ニューヨーク、アルビンエイリー・アメリカンダンス シアターを視察。 2007年 名古屋岡田純奈バレエ団“コッぺリア”主演。      早川恵美子、博子バレエスタジオ公演“ジゼル”主演。      日本バレエ協会バレエフェスティバルにて“シャコンヌ”を演出振付発表。 2009年 日本バレエ協会ヤングバレエフェスティバルにて“エニワン・エルス・バッ ト・ユー”を演出振付発表。井上バレエ団“くるみ割り人形”主演。 2010年 PASHY PROJECTにて“わらべ歌”を演出振付発表。 2011年 全国合同バレエの夕べにて“ヴァイオリン協奏曲・第一楽章”を演出振付発表。      愛媛舞踊協会“くるみ割り人形”主演。 2012年 井上バレエ団アネックスシアターにて“ブルッフ・バイオリン協奏曲”を演出 振付発表。 他、久光孝生制作ドリームオブダンサーズ、佐多達枝、早川恵美 子、望月則彦、間官則夫、佐藤宏、堀登、上田遥、島崎徹、足川欽也作品等に出 演。また、井上バレエ団他で講師としても活躍。

石井竜一

漆原 宏樹

1937年、東京都葛飾区で生まれる
1953年、横山はるひバレエアートスクール入学
1961年、漆原宏樹バレエスタジオ開設
舞踊歴
谷桃子バレエ団、東京バレエグループ、東京バレエ団、牧阿佐美バレエ団等で活躍
創作作品
春の祭典、キルカス、遊戯、ルードヴィヒ2世、数多くのパ・ド・ドウ
審査員歴
埼玉全国舞踊コンクール、(社)日本バレエ協会コンクール、NBA全国バレエコンクール、神戸全国舞踊コンクール他、日本バレエ協会関係のコンクール

漆原宏樹

榎本 晴夫

NBA バレエ団副理事長。井川けい子バレエスタジオ代表。YAGP日本側代表。日本大学芸術学部に舞踊と演劇を学ぶ。内藤瑠美にバレエを師事し、東京シティバレエ団、小林恭バレエ団を経て現在に至る。1977年、日本バレエ協会公演にて新人賞受賞。1982年、小林恭バレエ団「ペトルーシュカ」にて主演 1984年、日本バレエ協会公演「イザベル」で振付奨励賞受賞。1989年、日本バレエ協会第27回バレエフェスティバル(文化庁助成)にて「鳥になった男」を振付。1993年、日本バレエ協会公演(文化庁助成)にて「夢・恋・旅だち」を振付。1999年、日本バレエ協会公演(文化庁アーツプラン21・芸術創造基盤整備事業、新国立劇場オペラ劇場)にて「My・フォーシーズン」を振付。2001年、NBAバレエ団公演ゴールデン・バレエ・コー・スターにて「ディベルティメント」を振付。2005年、10月、英国チャールズ皇太子殿下よりバッキンガム宮殿皇太子殿下主催晩餐会に招待され出席。ダンサーとしては、日本バレエ協会公演・「NHKバレエの夕べ」他に於いてソリストとして出演。振付では「ヘンゼルとグレーテル」「第九にのせて」「クララの夢」「誕生日」「私の心はマリオネット」等オリジナル作品をはじめ、「シンデレラ」「ラ・フィユ・マル・ガルデ」「ジゼル」「コッペリア」等、全幕バレエの演出・改訂振付を手掛ける。2002年~2007年、国際バレエコンクールユースアメリカグランプリ(YAC P)日本側代表。井川けい子バレエスタジオ主宰

榎本晴夫

大畠 律子

1966年橘バレエ学校入学。牧阿佐美・三谷恭三。大原永子・清水洋子に師事。1981年AMスチューデンツ第1回公演に於いて「ラ・シルフィード」の主役を踊りデビュー。1983年橘バレエ学校卒業と共に牧阿佐美バレエ団の重要なソリストとして入団。1987年埼玉全国舞踊コンクール第1位橘秋子賞を受賞。牧阿佐美バレエ団では「白鳥の湖」「クルミ割り人形」「ホフマン物語」「ライモンダ」「ドンキホーテ」「ラ・フィユ・マルガルテ」などの全幕の主役を踊るほか、高度なテクニックと軽やかな踊りを持ち味にGバランシン振付の「チャイコフスキーパドゥドゥ」「ルビー」などでの主演に高い評価を得ている。また日本バレエフェスティバルや東京バレエフェスティバルにもたびたび出演し、新国立劇場においても「テーマとヴァリアシオン」のプリンシパルを踊る。1989年村松賞、1991年松山バレエ団芸術奨励賞、1991年橘秋子賞優秀賞など,多くの賞を受賞している。

大畠律子

折田 克子

石井みどり、折田克子舞踊研究所主宰。母である石井みどりに師事し
モダンダンス初の文部省派遣在外研修員として渡米。
その後、国内はもとより海外でも幅広く活躍し、常に日本の舞踊界を
牽引し続けている。
舞踊界での数々の賞に輝き、近年では長年の功績により
紫綬褒章、旭日小受賞。

折田克子

岡本 佳津子

東京都出身。7歳で橘バレエ学校に入り、翌年には新橋演舞場で「ゴセックのガボット」をソロで踊る。14歳で小牧バレエ学園女学生クラスへ移る。学業とバレエレッスンを続ける傍ら、1959年テレビドラマ「春のバレリーナ」の主役バレリーナ役で女優デビュー。連続ドラマ「風林火山」に由布姫、「泣いてたまるか」シリーズのヒロインなど多くのドラマに出演。17歳で小牧バレエ団に入団。1962年東京都芸術祭公演で「白鳥の湖」のオディール役を踊り主役としてデビュー、高い評価を受ける。続き1963年には「ジゼル」のジゼルを踊る。以後、日本バレエ協会、東京バレエセンター等、多くの舞台にゲストとして招かれ、「白鳥の湖」など数多くの作品の主演を果たす。第1回井上バレエ団公演で井上博文と「ゼンツァーノの花祭り」を踊る。1969年「マイ・シンデレラ」ではモデルの団次郎を王子に配し話題を呼んだ。1976年、アントン・ドーリンより直接「パ・ド・カトル」の指導を受ける。この間、文化庁移動芸術祭、青少年芸術劇場等の公演のすべての舞台の主役を踊る。1983年には第37回公演でシリル・アタナソフをパートナーに踊った「ジゼル」により舞踊批評家協会賞を受賞。1984年には橘秋子賞優秀賞受賞。その後、井上博文の後を受けて、財団法人井上バレエ団の常務理事に就任。1992年の7月公演「ジゼル」の主役を踊って現役を引退し、その後はバレエ学園の園長も兼任し、後進の指導に当たる。2005年橘秋子特別賞受賞。財団法人井上バレエ団常務理事/井上バレエ学園学園長/日本バレエ協会常務理事/世田谷クラシックバレエ連盟代表/岡本佳津子のスペシャルクラス主宰

岡本佳津子

金井 芙三枝

江口隆哉門下 お茶の水女子大学卒業、日本女子体育大学名誉教授。(社)現代舞踊協会常務理事。 1967年 芸術祭奨励賞 1973年 文化庁在外派遣(米・欧) 1989年 内閣総理大臣賞 1998年 松山バレエ団芸術賞 1999年 江口隆哉賞 2001年 文化庁長官表彰 2003年 旭日小綬章 代表作:「砂の女」「樹魂」「嵐が丘」「風林火山」「いのちの声」他

金井芙三枝

金田和洋

都立大学法学部卒。舞台芸術学院ミュージカル科卒業後、小川亜矢子に師事。 1984年松山バレエ団に入団。古典作品のみならず、創作作品においても役に対する解釈と創造は、稀有な存在感を出し、2000年に橘秋子賞助演優秀賞を受賞。 同時に自ら主宰する「金田・こうのバレエアカデミー」を率いて指導力も発揮し、国内外のバレエコンクールにおいての上位入賞者を多数育て上げている。また、振付けにも力を注ぎ、モスクワやサンクトペテルブルグにおいての公演も好評を得ている。2004年同バレエ団を退団。現在、日本バレエ協会常務理事、元昭和音楽大学講師、NPO法人芸術文化創造育成センター理事。東京新聞主催全国舞踊コンクール審査員。06年・08年、ザ・バレコン仙台第1位指導賞受賞。NBA全国バレエコンクール児童の部指導者賞受賞。

金田和洋

カヨマフネ

千葉シティ ジュニアバレエ団 団長/カヨ マフネ クラシックバレエスクール 主宰。1946年生まれ。松竹少女歌劇団 松竹音楽舞踊学校第20期生首席卒業。渡欧、イタリア・ローマにてヴァレリア・ロンバルデイ、アンドレイ・グロモフ・クラマレフスキーに師事。ローマ、アルジェンティーナ劇場にてペトルーシュカの初舞台以降、主役として「ジゼル」「レ・シルフィード」「コッペリア」「ドン・キホーテ」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「海賊」「ノートルダムのせむし男」他数々の古典に出演。牧阿佐美バレヱ団入団。ジャック・カーター振付による初演グラン・パ・ド・フィアンセに抜擢され以降、白鳥の湖など数々の公演に出演。「カフラスとアフメス」主演を最後に病のため現役を引退、以後、牧阿佐美バレヱ団に於いて日本で始めてバレエミストレスという役職に。牧阿佐美氏に一代目バレエミストレスとして任命され「くるみ割り人形」「ラ・シルフィード」「バヤデール」「祇王うたかた」、テリーウェストモーランド氏による「白鳥の湖」「ライモンダ」「眠れる森の美女」ほか各公演に従事し、牧阿佐美バレヱ団のコールドバレエの美しさを不動のものとし、1980年にはバレエ団公演で[三つのオレンジへの恋]の創作を発表以来、千葉シティバレエ及びカヨ・マフネクラシックバレエスクール設立、「黄河組曲」「シルクロード巡礼のたび」「月の想い」など創作活動で現在に至る。

カヨマフネ

川口 ゆり子

63年、橘バレエ学校卒業の後、牧阿佐美バレエ団入団。 69年のニューヨーク留学を挟んで同バレエ団の全作品 に出演して活躍。またポルトガル、ソフィア、イスラエルな どの海外バレエ団に客演。89年、バレエシャンブルウエ ストを設立。古典バレエの復活上演の他、新作の上演、 清里フィールドバレエの開催など新境地を拓く。現在 シャンブルウエストのプリマとして活躍する一方後進の 育成にも力を注いでいる。服部智恵子賞、橘秋子賞優秀 賞・同特別賞、芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章賞等 歴多数.

川口ゆり子

木村 なつみ


日本バレエ協会、現代舞踊協会、板橋区洋舞連盟に所属。モダン・ダンスを石井不二香に師事、クラシックバレエを友井唯起子、NM・アザーリン、KN。マールシェイワに師事。1980年 余芳美教師クラス卒業。1999年より板橋区洋舞連盟会長を務める。2004年より板橋区の文化発信拠点となっている板橋区文化団体連合会の広報部長を務める。

木村なつみ

キミホ ハルバート

ベルギー生まれのイギリス人。5歳より岸辺光代のもとで バレエを始め、ベルギー・アントワープバレエ学校を経て、 1994年アメリカ・コロラドバレエ団入団。1997年帰国後は、 新国立劇場バレエ団をはじめ、日本バレエ協会公演等で 活躍する一方、振付家としての活動を開始。01年自身で 振付・演出を手がけ、ダンサーとしても参加するユニット・ キミホ結成。グループでの活動の他、日本バレエ協会、新 国立劇場、青山劇場等の公演や、韓国、ベルギー、オラン ダ等、国外からも招待され作品を上演。07年オンステージ 新聞アンケートによる新人振付家ベスト1に選出される。20 10年トヨタコレオグラフィーアワード、オーディエンス賞。 この他Willy Decker演出オベラ「軍人たち」、アンジェラ・ アキPV、映画、演劇、CM、ミュージカル「Bonnie and Clyde」 等、ダンス公演以外でも振付活動を行っている。 2007年ユニット・キミホ初自主公演「GARDEN OF VISION S」、2008年札幌にて「AGUA」公演(札幌芸術の森主催)、 2009年ユニット・キミホ公演 Vol.2 「White Fields」。201 1年新国立劇場バレエ団「Almond Blossoms」振付。2012年3月 「Manon」を初演。

キミホハルバート

久保 紘一

第6回モスクワ国際バレエコンクールでトップの成績を16歳でジュニア・シエア男女合同で獲得し、のち渡米。ボストンバレエ団のゲストダンサーなどを経てコロラドバレエ団のプリンシパルとして迎えられた。爾来20年間同団のプリンスパルとしてすべての公演に主演した。ニューョーク公演ではNYタイムスで「完璧なるバレエの巨匠」といわれるなど、小柄ながらもダンスクラシックの精神を体現している舞踊家として、日本人では初めてダンスマガジンの表紙を飾り、彼の特集が紹介された。モスクワボリショイ劇場やNY、また米国のベイル市などの世界ガラ公演に度々出演、風格在る様式美からなる彼の踊りは辛国の評論家からも絶賛されている。「ドンキホーテ」「ジゼル」「くるみ割り人形」「眠れる森の美女」「コッペリア」「ロミオとジュリエット」「シンデレラ」「白鳥の湖」等、殆どの古典の全幕作品のタイトルロ―ルを踊り、バランシン作品、創作作品などでの全てに主演してぃる。又彼の為に作られた作品も数多くある。2013年文化庁芸術祭新人賞受賞。

久保紘一

久保 幸子

当時、一世を風靡した谷桃子バレエ団で全国津々浦々で舞台に立つ、天才的プリマバレリーナ谷桃子と共に、ソリストとして長きにわたり活躍した。またその間、NHK・民放の番組等で同バレエ団と共に幅広く活躍したのち、1965年「久保幸子バレエ研究所」を創立し45年余りの間、主宰者及び教師として子供から大人、プロフェッショナルの育成指導に励み、沢山のパレリーナを世に送り出すとともに、東京新聞主催・全国舞踊コンクール、埼玉舞踊コンクール、NBA全国バレエコンクールなどに、上位入賞者を数多く輩出している。1994年には、現在の「NPO法人NBAバレエ団」を立ちあげ、現在は幹部4役の一人、バレエ局長として同バレエ団の全組織・全公演の活動に携わり、芸術総監督:安達哲治の右腕として、なくてはならぬ存在として活動中。尚、愛弟子の児玉麗奈、村上摩佐子、清水彩妃はNBAバレエ団にて長きにわたリプリマ・ソリストとして活躍し、現在、久保幸子バレエスタジオの教師として活躍している。

久保幸子

小山 恵美

東京都出身。成城大学文芸学部ヨーロッパ文化学科卒。1986年スターダンサーズ・バレエ団入団、ソリストとして数多くの作品で主要パートを踊る。95年文化庁在外研修員としてフランクフルト・バレエ団で研修、来日公演「エイドス=テロス」に出演した。帰国後、98年には日生劇場開場35周年/B.ブレヒト生誕100年記念「七つの大罪」(ヤン・リンケンス振付)においてアンナ役で主演しミルバと共演、99年には坂本龍一オペラ「LIFE」に出演。近年は衣裳デザインも手がける他、2007年には初めての振付作品「アレグロ・ヴィーヴォ」を発表し、活動の場を拡げている

小山恵美

近藤 若菜

幼少より白鳩バレエ研究所に於いて、大胡しづ子、山口 和江に師事。東京新聞主催全国舞踊コンクールバレエ 第2部、第一位、第二位独占。文部大臣賞受賞。松山バレ エ学校を経て松山バレエ団入団。松山樹子、清水哲太 郎、森下洋子、外崎芳昭、浅野正、山崎敬子、山口優子ら に師事。プリマとして育てられる。バレエに深い御造詣を お持ちの高円宮慶仁親王殿下よりご推挙を賜り、また、 松山バレエ団団長のご尽力により、文化庁国際交流基 金の奨学生として、オーストラリアバレエ学校留学。国 内の公演をはじめ、中国・イタリア公演、イギリスでのヌ レエフフェスティバル、ギリシャ公演などに、ソリストと して参加。ルドルフヌレエフ版、 ドン・キホーテに於い て、キューピーッドを踊り絶賛される。有華バレエスク ール主宰。

近藤若菜

小嶋 直也

牧阿佐美バレエ団バレエマスター 新国立劇場バレエ団オノラブルダンサー 1988年、全国舞踊コンクールジュニア部第1位、 ヴァルナ国際バレエコンクールジュニア部門で日本人男性初の 第1位金賞受賞。1994年11月に初の日本人ダンサーとし てアメリカン・バレエ・シアターで1年契約を結ぶ。 1997年に新国立劇場バレエ団ソリストとなり、開場記念公 演「眠れる森の美女」で主演。以降プリンシパルを務める。 「主な受賞歴」 1994年 芸術選奨新人賞 1996年 松山バレエ団芸術奨励賞 1998年 中川鋭之助賞 1999年 橘秋子賞優秀賞 2001年 服部智恵子賞

小嶋直也

佐藤 宏

東京都出身。16歳より北原秀晃に師事。19歳で東京バレエ団に入団、ソリストとして多くのレパートリーをこなすが、特にR.ハインド振付の「マルコポーロ」のタイトルロールはベニス、ロンドン等で好評を博し権威あるバレエ雑誌「リド」にも掲載された。その後、東京バレエ団芸術監督に就任。ベジャール振付「ボレロ」他の監修にも当たった。同バレエ団退団後は武蔵野シティバレエに実行委員として参加。現在は創作振付家としてバレエコンテンポラリーカンパニー"ラ・ダンスコントラステ"を主宰し多くの作品を発表している。 受賞歴:日本バレエ協会振付賞 キリンコンテンポラリーアワード奨励賞

佐藤宏

執行 伸宜

1960年より父執行正俊、粕谷辰雄氏に師事する。65年チューダーバレエ特別公演を機にスターダンサーズ・バレエ団に入団。尺田知路、遠藤善久、ロイ・トバイアス、関直人、チューダー、クルトョース、バランチン等多くの振付家の作品に主演する。一方、東京バレエセンター他多くのバレエ団に客演し、主役又はソリストを踊る。また振付者としても個人リサイタル、スターダンサーズ・バレエ団公演等で多くの作品を発表してぃる。96年に日本バレエアカデミーに参加、NBAバレエ団に[コッベリア]、[ボレロ]を振付ける。又、98年の粕谷バレエ団公演におぃても、[ピノキオより愛をこめて]を改訂発表してぃる。海外では、85年、88年の2度エジプトのカイロバレエ団に[動と静]、86年に中国の中央バレエ団に[蕩々たる一衣帯水]を振付ける。2002年に舞踊作家協会会員となり、度々芸術監督を務める。現在、執行バレエスクールを主宰する傍ら、杉並洋舞連盟会長、NBAバレエ団芸術局長、国立音楽大学講師を兼任している。

執行 伸宜

島﨑 徹

1990年SITTER SCHOOL OF DANCING(カナダ)のバレエ部門主任兼振付家に就任。 1998年日本舞踊批評家協会新人賞受賞。ローザンヌ国際バレエコンクールでは、1999年、2011年に審査員、2001年から2003年までは、同コンクールコンテンポンラリー課題曲の振り付けを手がける。2011年より2013年まで、ユースアメリカグランプリジャパン審査員。 振付作品は、ベルギーRoyal Flanders Ballet、アメリカHubbard Street Dance Chicago、Colorado Ballet、スイスGrand Theater de Geneve、オランダInt r odans、シンガポールSingapore dance theater等をはじめ世界各国の舞踊団のレパートリーになっている。シルクドゥ ソレイユ キャスティング パートナー。05年度より神戸女学院大学音楽学部舞踊専攻教授。

島﨑徹

篠原 聖一

札幌市生まれ。3歳より両親(篠原邦幸、沙原聖子)のもとでバレ エを始める。1973年小林紀子バレエ・シアター旗揚げ公演に参加 。同シアターに入団。78年日本バレエ協会新人賞受賞。78~79年 文化庁派遣在外研修員としてモナコに留学、フランスナンシー国 立バレエ団にてゲストダンサーとして活躍し帰国。85年フリートと なり、97年再度、文化庁派遣在外研修員としてサンフランシスコバ レエ団、ネザーランド・ダンスシアターにて振付を研修。01年「DANCE for Life」始動、その作品スケールの大きさはもとより、芸術性につ いての高い評価を得、06年「ロミオとジュリエット」(全幕)にて文化 庁芸術祭舞踊部門大賞を受賞。02年橘秋子賞優秀賞、07年東京新 聞全国舞踊コンクール優秀指導者賞、09年橘秋子賞特別賞受賞。 公益財団法人日本バレエ協会理事、下村由理恵アンサンブル総 監督、DANCE for Life芸術監督・代表。

篠原聖一

鈴木 直敏

NPO法人NBAバレエ団理事
長野県出身。松本深志高校在学中より松本市青木千枝子バレエ教室にてバレエを始める。1969年、江川明氏に師事。1970年、日本バレエ協会公演「伯爵家の舞踏会」壮士役にて初舞台、以来日本バレエ協会、松山バレエ団、谷桃子バレエ団、貝谷バレエ団、小林恭バレエ団公演、NHKバレエのタベ、NHKイタリアオペラ公演等数多くの舞台に出演。1977年、牧阿佐美バレエ団入団。1978年、牧阿佐美バレエ団ヨーロッパ公演(イタリア、フランス、イギリス、イスラエル)に参加。1978年~1979年、ヨーロッパ研修。主にパリにて元パリ・オペラ座芸術監督レイモン・フランケッティに師事。他フランクフルトバレエ団、デュッセルドルフバレエ団、カールスルーエ劇場バレエ団等で研修。現在に至るまで牧阿佐美バレエ団団員として数多くの公演に出演。早稲田大学英米文学科卒業。埼玉県全国舞踊コンクール東京新聞社賞受賞。牧阿佐美バレエ団団員。NBAバレエ団理事。鈴木直敏・恵子バレエスクール、「ル・プルミエユースバレエ」主宰。品川プリンスホテル「コッペリアアーティストスクール」バレエ講師。2009年、日中文化交流クラシックバレエコンクール審査員。第3回ザ・バレコン東京優秀指導者賞受賞。

鈴木直敏

鈴木 稔

小林紀子バレエシアターを経て83年渡米、ニユーヨークのチェンバー・バレエ団、コロラドバレエで公演に参加。86年に帰国後は、多くのバレエ団に客演するかたわら振付家としても盛んな活動を展開。93年、スターダンサーズバレエ団に入団し、バレエマスターに就任する。おもな振付作品として「アンノウン・シンフォニー」「名前のない風」「Light Ba llet」「卒業記念舞踏会」「DANCECROQUIS」「CANDID DANCE」「Degi Meta go―go」バレエ「ドラゴンクエスト」「シンデレラ」などがある。また、NHKニューイヤーオペラコンサート、日本フィル夏休みコンサート、藤原歌劇団オベラ公演などのバレエシーン、海外でも上海大劇院のこけら落とし公演「鵠の橋」を振り付けている。99~2000年、文化庁在外研修員としてフランクフルトバレエ団にて研鑽を積む。帰国後01年に発表した「MiSSING LINK」が好評を博し、この公演の成功により02年にはドイツ・ハイルブロンシアターに招聘され、現地でも高い評価を得ている。近年では、日比野克彦、ひびのこずえなどのアーティストとのコラボレーションにも意欲的に取り組み、05年の万博「愛・地球博」ではイベントの演出を手がけた。日本バレエ協会振付奨励賞、音楽舞踊新聞村松賞、芸術選奨文部大臣新人賞、橘秋子特別賞など、多くの賞を受賞している。

鈴木稔

鈴木 正彦

長野県出身。5歳より白鳥バレエ学園 にてバレエを始める。塚田たまゑに師事。年間20回あまりの公演に参加するなど、幼少期より才能を発揮する。1986年松山バレエ団エジンバラ公演、1991年松山バレエ団ニューヨークワシントン公演に参加するなど、海外でも活躍。同年、松山バレエ団入団し、全幕レパートリーのソリスト、主役を踊る。主な舞踊作品として、『眠れる森の美女』『クルミ割り人形』『新白鳥の湖』 『コッペリア』『ドン・キホーテ』『シンデレラ』『ジゼル』『アレグロブリランテ』『セレナーデ』『テーマとヴァリエーション』『バレエインペリアル』などがある。2013年より森下洋子のパートナーを務める。2015年松山バレエ団退団後、フリーダンサーとして活動。同時に審査員やバレエ団での指導家としても活躍の場を広げる。

鈴木正彦

セルゲイ・サボチェンコ

NBAバレエ団元プリンシパル。8年間ボリショイバレエ学校にてマラーホフと同じ教師に学んだ後、モスクワ、オデッサなどのバレエカンパニーにて主役を踊る。「ラ・バヤデール」「ロミオとジュリエット」「白鳥の湖」「ドン・キホーテ」「レ・シルフィード」「くるみ割り人形」「ラ・フィユ・マル・ガルデ」などの主役を踊った。ヨーロッパのカンパニーでの活躍は、ドイツ・ハノーバー州立劇場のプリンシパルとして、ハンガリー国立バレエ団のゲストなど多くの劇場でゲストとして活躍。また、古典作品のみならず、モダン作品や多くのバランシンの作品を主演している。数々の国際ガラコンサートにも出演し、第5回ゴールデン公演にも客演している。現在、NBAバレエ団プリンシパルとして契約。その正確な動きには定評があり、多くのファンを持つ。すでに2002年NBAバレエ団海外公演に主演、その後すべての公演で主演する(イワーノフ版「くるみ割り人形」ハンガリー公演、エスメラルダ、コッペリア・・・・・)。 コンクール受賞歴 1995年、パリ国際バレエコンクール ファイナリスト。1996年、ヘルシンキコンクールファイナリスト。1997年、ブタペスト・ヌレエフコンクール ファイナリスト。

セルゲイ・サボチェンコ

左右木 健一

元ザルツブルク州立劇場バレエ団ソリスト。3歳より根本美香、ダ ニエル・レヴァンス、セルジュ・ステファンスキー、ロイ・トヴ ァイアス、ピーター・ブロイヤー、デイヴィット・ハワードなど に師事。1985年オーディションに合格、イヴリン・ハート、パトリック・ビッセ ル、ジャン・シャルル・ジルなどと共に日本・韓国・台湾公演に 出演。高校卒業後正式に同バレエ団に入団。1990年香港バレエ団 ソリストとして移籍。1991年ク州立劇場バレエ団にソリストとして入団、オーストリア・ドイ ツ・スイス・フランス・イタリア・スペイン等ヨーロッパ各地で 踊る。1997年新国立劇場バレエ団にソリストとして契約、同年11 月1日、仙台市に左右木健一・くみバレエスクールを開校。2000 年より本拠地を仙台に移し、後進の指導、および創作活動に専念 する。2012年薄井憲二氏の推薦により、ブルガリア・ヴァルナ国 際バレエコンクールの日本人審査員に任命される。2013年香港ア ジアングランプリのサマーインテンシブ講師に任命される。マレ ーシア Serena Ballet Schoolに招聘される。

左右木 健一

外崎 芳昭

北海道出身1957年、松山バレエ学校を経て同団員となり、全ての作品に出演。その間、松山樹子師のパートナーを務める。中国・イギリス・イタリア・ギリシャ・アメリカ等の海外公演に参加。1978年、文化庁在外研修員としてニューヨーク・コペンハーゲン・ロンドンに1年間留学。1983~84年にかけ、ヌレエーフと共に“白鳥の湖"“ジゼル"“ドンキホーテ"等で共演する。1994年、同団退団後は石神井バレエ・アカデミーを中心に各地のバレエスタジオの指導に当たる。主な振付作品“ジゼル"“白鳥の湖"“コッペリア"“ドン・キホーテ"他

外崎芳昭

髙木 俊徳

1964 年、立教大学経済学部卒業。チャイコフスキー記念東京バレエ団に入団。在団中、ヴァルラーモフ氏、メッセレル女史、タラーソワ女史等に師事。1977年、東京バレエ団退団後、井上博文バレエ団にて「白鳥の湖」の王子、「火の鳥」のイワン王子、東京バレエセンターにて「シンデレラ」の王子、日本バレエ協会にて「コッペリア」のフランツ等踊る。1981年、日本バレエ協会夏季定期公演にて新人賞を受賞。1982年、同上の公演にて振付奨励賞を受賞1983年、文化庁助成日本バレエ協会第6回「全国合同バレエの夕べ」にて「古典交響曲」を振付。文化庁派遣在外研修員、及び、日米交換芸術家として選ばれ、ニューヨークにて一年間、アメリカン・バレエ・シアター、ジュリアード音楽院、メトロポロタン・オペラ・バレエ団等で研修。1986年、日本バレエ協会24回公演バレエフェスティバルにて「ジャンヌ・ダルク」を創作。1988~94年高木俊徳バレエ公演において「額田部皇女」など多くの作品を振付。「細川ガラシャ夫人」がSTBバレエ団(Southern Ballet Theater) のレパートリーとなり、振付のため渡米。フロリダにて上演。その他、スタジオ一番街サンデーパフォーマンスにて「ロメオとジュリエット」「美を見し者は」等創作。現在、日本バレエ協会常務理事、セッション・ハウス、カザミアダンススタジオ、井上バレエ団にて講師、振付師を務める。

髙木俊徳

田中 静香

満3才から、札幌舞踊会に入所。千田モト、千田雅子先生に師事。1976 年大宮市にバレエ研究所開設。余芳美氏に教授法を学ぶ。1997 年東京都足立区に研究所を開設。現在、日本バレエアカデミー・NBAバレエ団理事としてコンクール審査員等で活躍。日本バレエ協会会員

田中静香

高野知美

1978年、久保栄治・陽子バレエ研究所にてバレエを始める。
1986年、チャイコフスー記念東京バレエ学校に入所。
1988年 埼玉全国バレエコンクール第1位
1989年、東京シティバレエ団入団。
入団後、クラシック・創作作品の数々でソリスト・プリンシパル
として活躍し、「くるみ割り人形全幕」「コッペリア全幕」主演、
中島伸欣作品で数多く主役を務める。
1995年 橘 秋子記念財団奨学生。
1997年 文化庁芸術在外研修員として一年間、カナダロイ
ヤルウイニッペグバレエ団、ニューヨークにて研修。
2001年、東京シティバレエ団・チャイコフスキー記念東京バ
レエ団・牧 阿佐美バレエ団・スターダンサーズバレエ団の
四大バレエ団共演において中島伸欣振付「フィジカル・ノイ
ズ」に主演し高い評価を得る。
石田種生振付「雪女幻想」に主演。
青山バレエフェスティバル出演。
他、藤原歌劇団のオペラ、新国立劇場オペラに出演。
2002年、現役を引退後、各方面でバレエ講師を務める。
2010年 NBA全国バレエコンクール審査員。
2011年 NBA全国プレコンクール審査員。

高野知美

中島 伸欣

東京シティ・バレエ団による「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ジゼル」「くるみ割り人形」「シンデレラ」などに主演すると共に同バレエ団による創作バレエ「雪娘」「昭和25年、もうひとつの夏」(石田種生振付)「ケイク・ウォーク」「トッカータ」「アイネクライネ・ナハトムジーク」(石井清子振付)他にも主演。 またモダン・ダンス公演への主演も多い。1983年よりアメリカのタン・パ・バレエ団とゲスト・アーティスト契約を結び、「ロメオとジュリエット」「ジゼル」などに主演する。 1990年より、振付家として本格的に活動を開始する。主な振付・演出作品に「シャイニング・ブルー」「アンブラッセ・ル・タン」「失われた家族」(1993年度ベスト・スリー賞)「シンデレラ」「月の柩」(名古屋市芸術賞)「黒い羊たち」「弦楽四重奏第二番」「リ・バランス」「フィジカル・ノイズ」「ダブル・フレーム」「ノン・コネクション」「Nothing is Distinct」(新国立バレエ)バレエ団で活躍する傍ら、国立音楽大学大学院にて非常勤講師として"舞台表現技術"を指導。 1982年アメリカ国際バレエ・コンクールで特別審査員賞受賞。 同年文化庁在外研修員として、イギリス、アメリカに留学。 現在バレエ団理事 バレエ団演出家、振付家  バレエ団教師(金曜日男性クラス担当) 付属研究所(水曜日朝研究生クラス担当
中島伸欣

中村 かおり

群馬県生まれ。山本禮子バレエ団にてバレエを始める。1986年第14回ローザンヌ国際バレエコンクールにて1位、スカラシップを受賞し、スクールオブアメリカンバレエに留学。1988年ヴァルナ国際バレエコンクールにて銅賞を受賞。その後、ロイヤルウィニペグバレエ団に入団し、プリンシパルとして活躍後、1997年にパシィフィックノースウエルトバレエ団に移籍。18年プリンシパルとして活躍後、2014年6月、退団した。同年7月にパシィフィックノースウエストバレエスクールの教師に就任。現在も、アメリカ国内、日本でゲスト講師も務める。
nakamulakaoli

永野 百合子

NPO法人NBAバレエ団理事
故橘秋子女史、牧阿佐美氏に師事。1969年、「白鳥の湖」2幕主演にて橘バレエ学校卒業。以来、バレエ学校教師、日本児童バレエ団(現在の日本ジュニアバレエ団)の教師を務める傍ら、牧阿佐美バレヱ団団員としてすべての公演に参加。主な役柄は、ジャック・カーター氏の「パドフィアンセ」「スタジオーニ」のソリスト、橘秋子氏振付「角兵衛獅子」の妹役、橘バレエ学校創立25周年記念公演にて「白鳥の湖」のオデット・オディール、小林恭氏振付「ドン・キホーテ」1幕のキトリ、1978年NHKバレエのタベ「白鳥の湖」ナポリターナで出演。ジャック・カーター氏振付初演の「くるみ割り人形」でコロンビーヌ、芦笛、テリー・ウェストモーランド氏振付初演の「ライモンダ」で友人役ヘンリェッタ。他に「ジゼル」ペザント・パドドゥ、四羽の白鳥など。1979年退団。地元、東久留米市滝山に「白ゆりバレエ教室」を開設。後進の育成に力を注いでいる。2002年よりNBAバレエ団団員教師、NBAバレエ団公演復刻上演版初演の2003年「くるみ割り人形」、2004年「エスメラルダ」、2005年「コッベリア」のアシスタントミストレス、アシスタントディレクターを務める。NBAバレエ団理事。NBA全国バレエコンクール審査員。息子の永澤博之は4年間の留学を経てオーストラリア国立バレエ学校のジュニアスクール、シエアスクール共に卒業し現在は米国にてプロダンサーとして活躍している。

永野百合子

中尾 充宏

愛知県出身 越智インターナショナルバレエにてバレエを始める 越智實氏、ニーナ・チストワ氏に師事 91‘スタジオⅠ番街にて小川亜矢子氏に師事 93‘より漆原宏樹バレエスタジオにて漆原宏樹に師事、この年より日本バレエ協会公演及び井上バレエ団、谷バレエ団、シャンブルウエストにゲスト出演する。 00‘小林紀子バレエシアターに入団、小林紀子、小林功氏に師事、この年よりヶネスマクミラン振付「ソリティル」少年、「アナスタシア」アナの夫、デレクディーン振付「ジゼル」ヒラリオン、アシュトン振付「パティヌール」ホワイトカップル、「二羽の鳩」ジプシーの首領、ニネットバロワ振付「レイフスプログレス」ロープに取り憑かれた男などの貴重なるポジションをつとめる。 15‘退団し、現在は漆原宏樹氏のもとでレッスンをしながらフリーの立場から多数のバレエ公演に出演し、振付指導している。特にアダジオの指導においては我が国を代表する一人として男性舞踊家の育成にも寄与している。
中尾充宏

野田 美礼

NBAバレエ団バレエミストレス。12歳の時カナダナショナルバレエ団のくるみ割り人形でク ララを踊る。 1997年牧阿佐美バレエ団に入団。1998 年よりボストンバレエ学校に留学しワガノワメソッドをマダ ムレガットに師事。留学中ボストンバレエ団公演に出演。 その後2000年、アメリカのサンホセバレエ団に入団。ソ リストとして在団中、全ての公演で主役・ソリスト・コール ド役で出演。 全日本バレエコンクール、NBAバレエコンクー ル、東京新聞バレエコンクール、ジャクソン国際コンクール など、国内外のコンクールで受賞。2000年ニューヨーク 国際バレエコンクールではガラでトリを踊りNew York Times ・Dance Magazineにて高く評価を受ける。 2010年パリ オペラ座教授法を修了。2012年ABT国際トレーニングカ リキュラム資格取得。2013年全日本バレエコンクールに てアンシェルマン審査指導のアシスタントも務める。 主な レパートリーはデニス作品「くるみ割り人形」「コッペリア」 「白鳥の湖」「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」「 ジゼル」など、その他ローランドプティ・バランシン・アシ ュトン・クラークティペット・アンソニーチューダー・マー スカニングハム・アルビンエイリー・マーサグラハム・トワ イラサープ・ヨルマイーロなど数々のクラシック、コンテン ポラリー作品。

野田美礼

西 優一

NBAバレエ団理事長。京都にてバレエを始め、翌年2月牧バレエ団入団。その年の12月にバレエ開始1年で「くるみ割り人形」の主役に抜擢される。その後、「白鳥の湖」全幕のジークフリード王子、「眠れる森の美女」全幕のデジレ王子、「ジゼル」全幕のアルブレヒト等の主役を踊る。第2回埼玉舞踊コンクールの第1位金賞。1976年に東京で開かれた第1回世界大屋バレエコンクールでは銅メダルを受賞。その後、牧阿佐美バレエ団ヨーロッパ公演に参加し、三ヶ月間イタリア、フランス、ロンドン、イスラエルを廻る。また、第1回、第2回のアメリカ世界バレエコンクールにパートナーとして出演。1983年、東京新聞主催日本バレエコンクールシニア部門の第1位の輝かしい栄冠を得る。毎年このコンクールには指導する場として上位入賞を連続果たし、この経験を生かしバレリーナを育成する手腕は高く評価されている。1990~2003年、アメリカ、ヨーロッパ研修数十回。牧阿佐美、レイモン・フランケシティ、ボリス・アキモフ、漆原宏樹、宮城昇等に師事し、そのバランスのとれた教授法には定評があり、春、夏、冬に特別レッスンを行っている。今年から少人数クラスを月1クラスづつ開設している。それぞれのクラスは特徴や違いがあり、そのノウハウもユニークな中に確固たる信念に基づいている。

西優一

早川 恵美子

幼少より橘秋子バレエ団の教師であった母、早川和子より師事を受け、6歳で橘バレエ学校に入学。同バレエ学校第5回卒業生。1957年、牧阿佐美バレヱ団結成時、最年少で参加。記念公演で「白鳥の湖」オデットを踊る。同年アレキサンドラ・ダニロワ公演に大原永子らと共に「四羽の白鳥」で出演。1964年、同バレエ団退団。早川惠美子バレエ研究所を開設。1965年、スターダンサーズ・バレエのアントニー・チューダー公演のオーディションを受け、公演に参加。以後、同バレエ団に所属。1970年退団まで全公演の主要パートを踊る。1972年、井上博文バレエ団において、主役を務めるかたわら、教師・バレエミストレスを務める。井上バレエ団退団後フリーとなり、日本バレエ協会、東京バレエセンター、スターダンサーズ・バレエ、東京バレエグループ、佐多達枝リサイタル等で活躍。1983年9月、東中野の「スタジオトゥループ」に早川惠美子・博子バレエスタジオを開設。1988年、岡山県芸術祭25周年記念公演において「コッペリア」全幕を振付。1990年5月、早川惠美子・博子バレエスタジオ第1回公演を開催以後、毎年定期的に公演を続けている。その他、日本バレエ協会、オペラの振付等を担当。1993年、第4回公演「愛の妙薬」において博子と共に、平成5年度(第48回)文化庁芸術祭賞を受賞。2002年、日本バレエ協会理事に就任。

早川恵美子

針山 愛美

ボリショイバレエ学校を主席で卒業。モスクワ音楽劇場バレエ団、エッセンバレエ団(ドイツ)米国バレエインターナショナル、クリーブランド・サンホセバレエ団でプリンシパルとして活躍、ボストンバレエ、ウラジーミル・マラーホフ率いるベルリン国立バレエ団で活躍。 レニングラード国立バレエに招かれ『白鳥の湖』と『ジゼル』に主演。ウランウデ国立バレエ団で『白鳥の湖』と『ジゼル』に客演主演した際、日本人初踊ったバレリーナとして大臣から表彰を受ける。 モスクワ国際バレエコンクールで特別賞、ニューヨーク国際バレエコンクールで銅メダル(日本人初)、パリインターナショナルコンクール銀メダリスト(金メダル無し)。出身地吹田市で、2003年から国際交流大使に任命される。世界各地でガラ公演に参加、イリク・ムハメドフやホセ・カレーニョなどと踊る。世界の巨匠チェリスト、ダヴィド・ゲリンガスとデュオでバッハプラスをプロデュース共演。リトアニアでは首相の前で、世界各地で公演。ベルリンフィルハーモニーと三度に渡り共演し振付、演出しフィルハーモニーにて世界新作を自演。スロバキアのバレエ団で『ラ・バヤデール』全幕をステージングし振付指導。世界各地でバレエコンクールの審査員、ワークショップの講師としても招聘される。マラーホフマスタークラス、マラーホフバリエーションレッスンなどDVDとCDをプロデュース。「情熱大陸」で放送された他、ドイツベラでもドキュメント番組で放送される。クラシックから新古典派へのレパートリーの広い範囲を持ち公演活動する傍ら、最近では後輩の指導、海外との架け橋になる活動を積極的に行っている。

haliyama

舩木 城

86年より舩木洋子バレエスクールにてバレエを始める。 87年川口ゆり子バレエスクール入学。 00年シャンブルウエスト海外公演にて「オンザロード」の 主役に抜擢される。 01年川口ゆり子バレエスクール卒業。 04年第2回海外公演にてレンスキーを踊る。 「くるみ割り人形」「コッペリア」に主演。 04年よりニュージーランドロイヤルバレエ団で踊る。 97年東京新聞主催全国舞踊コンクール第3位。 97年神戸全国バレエコンクールジュニア男性部門第1位

舩木城

本多 実男

6歳より、モダンダンスを始める。 1973年  東京シティバレエ団入団・理事を務める。 「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「ジゼル」に主演
1981年NHK制作、イタリア放送協会賞、エミ-賞優秀賞受賞作品「月」主演
1982年 NHKバレエの夕べ「春の祭典」主演
1986年文化庁派遣芸術家在外研修員としてカナダナショナルバレエ団、ロンドンフェスティ    バルバ レエ団にて研修 
1987年現代舞踊協会特別新人賞受賞、牧阿佐美バレエ団、スターダンサーズバレエ団、新国  立劇場等に ゲスト出演
1997年、2000年 (社)日本バレエ教会神奈川ブロック公演「くるみ割り人形」振付   2003年公益社団法人 日本バレエ協会「合同バレエの夕べ」の振付         2005年橘秋子賞 助演優秀賞受賞 現在、公益社団法人 日本バレエ協会理事、劇団四季、    チャコットバレエ教師 J.Honda Ballet主宰

本多実男

前田 藤絵

谷桃子バレエ団所属
前田房江(母)が主催する前田バレエ教室にて3才よりバレエを始める。
1968年 東京シティバレエ団入団
1977年 谷桃子バレエ団入団
     金平糖、黒鳥、ガムザッティ、グラーンなど踊る。
1978年 前田バレエ団設立
1998年 静岡県芸術文化奨励賞
2006年 静岡県バレエ協会功労賞
2009年 埼玉県舞踊協会 指導者賞
静岡県文化協会理事 静岡県バレエ協会会長 
静岡県文化協会理事 静岡県バレエ連盟副会長
前田バレエ学苑、東京スタジオ、静岡スタジオを主催
静岡新聞静岡放送SBS学苑 静岡校、浜松校主任講師
沼津カルチャーセンター創、主任講師
日本バレエ協会理事、世田谷クラシックバレエ連盟所属
現在、谷桃子バレエ団教師

前田藤絵

宮木 百合子

3歳より、母 宮木登美の主催するミヤキバレエ学園でバレエを始める。
1969年 英国ロイヤルバレエスクールに留学。
1972年 東京シティーバレエ団に入団。すぐソリストに抜擢され、日本各地の公演で主役を踊る。
また、同バレエ団の韓国・香港公演でも主役を努め、各地で好評を得る。
1974年 ベルギー国立バレエ・ド・ヴァロニーに入団、ベルギー各地、ドイツ等を回る。
1976年 帰国後、東京シティーバレエ団で多くの主役を踊る。
1977年 文化庁在外研修員として、英国ロイヤルバレエ団、バレエスクール、アメリカンバレエシアターで踊る
1979年 井上バレエ団の日生劇場公演に客演し、パリ・オペラ座(当日朝のパトリック・デュポンをパートナーに「眠れる森の美女」全幕のオーロラ姫を踊る。
1980年より ミヤキバレエ団のプリマ・として、「ジゼル」「オルフ」「ドン・キホーテ」等に主演。
また、日本バレエ協会の「海賊」「くるみ割り人形」「ロメオとジュリエット」「眠れる森
の美女」等の全幕公演で主役を踊る。また、日本バレエフェスティバルや(イタリア
放送賞、およびアメリカのエミー賞などを受賞した)NHKテレビ番組の「月」で主役
のかぐや姫を踊る等、多くの舞台で活躍。
1985年 芸術選奨文部大臣新人賞。及び、舞踊批評家協会賞を受賞。
東京バレエワークスを設立、現在は舞台活動の他、東京バレエワークスに於いて、東京
神奈川、宮崎の各地で後進の指導にあたっている。
現在、東京バレエワークス、井上バレエ団で後進の指導にあたっている。また多くのバレエコンクールの審査員を務める。

宮木百合子

峰岸 千晶

6歳よりクボバレエアカデミーにてバレエを始め、久保栄治、陽子に師事。また、特別講師として、ナディア・チホーノワ、マーティン・フリードマンより、ワガノワメソッドを学ぶ。彩の国芸術劇場「くるみ割り人形」全幕(江川明振付)では、クララ役で出演。 米国コロラドバレエ団にて1年間研修をし、マーティン・フリードマン、に師事。「シンデレラ」、「くるみ割り人形」、「白鳥の湖」、「スターズアンドストライプス」(バランシン振付)等、数多くの舞台に出演。帰国後NBA バレエ団に入団する。 主な出演作品は、「せむしの仔馬」よりまぼろしの島の王女、「騎兵隊の休止」テレサ、「白鳥の湖」パ・ド・トロワ、「ジゼル」ペザント、「アルレキナーダ」ピエレツト、「奇蹟の人」ヘレン・ケラー、「ラ・フィユ・マルガルデ」 リーズ、「コッペリア」スワニルダ、「くるみ割り人形」金平糖の精、クリストファー・ヴィールドン振付「真夏の夜の夢」ティターニア、「ドン・キホーテ」キトリ等出演。コンテンポラリー作品では、トワイラサープ振付「NINE SINATRA SONGS」、遠藤康行振付作品、中村恩恵振付作品、船木城振付「Thousand Knives」、キミホ・ハルバート振付「AGUA」等に出演。 NBAバレエ団プリンシパル及びNBAバレエ学校副校長

峰岸千晶

堀内 充

幼少より両親の元でバレエを始める。1981年モスクワ国際バレエコンクール男性銅賞受賞。1983年ローザンヌ賞を受賞し、NYのスクール・オブ・アメリカンバレエに3年間留学。帰国後1991年より東京・大阪で新作活動を開始し、新国立劇場バレエ団・東京シティバレエ団など多くのバレエ、オペラ、ミュージカル公演に客演。1994年グローバル森下洋子清水哲太郎賞受賞。現在ユニークバレエシアター所属。新国立劇場バレエ団登録ソリスト、大阪芸術大学助教授。

堀内充

本田 世津子

谷桃子バレエ研究所を経て谷桃子バレエ団入団。1年後、ソリストに昇格「白鳥の湖」パ・ド・トロワ、大きな白鳥、「ジゼル」ミルタ等バレエ団全公演に参加。その後チャイコフスキー記念東京バレエ学校開校にてS.M.メッセレル女史、A.M.バルラーモフ氏に師事。バレエ学校解散に伴いバレエ団に復帰、都民劇場合同公演「白鳥の湖」で主役デビュー。後にS.M.メッセレル女史の推薦でボリショイ劇場にてゲルト女史の指導を受ける。又、ロンドン・フランス・ベルギー等で研鑽を積む。国内では谷桃子バレエ団公演他、NHKバレエの夕べ、日本バレエ協会公演などで重要な役柄を踊る。80年バレエ団退団以降は後進の育成・指導・振付に従事、舞台でも脇役として活躍。現在スタジオSTEP-1主宰。 サカモトミュージックスクールバレエ科主任講師。日活俳優科講師。

本田世津子

森 仲悠子

NPO法人NBAバレエ団理事
1953年生まれ。江口隆哉賞受賞の本田重春に3才より師事。文化庁芸術祭参加作品「ユイ・クロ」…開かないドアー脱出不能―等、数多くの作品・コンクールに出演。クラシックバレエを小川亜矢子に師事。東京女子体育大学卒業後、日本バレエ協会の会員となる。森仲悠子・森中健智バレエアカデミーを主宰。アジアパシフィック国際バレエコンクール、全日本バレエコンクール、埼玉全国舞踊コンクール(バレエ部門・モダンダンス部門)、バレエコンクールIN横浜(バレエ部門・コンテンポラリー部門)、NBA全国バレエコンクールなどに上位入賞者、スカラシップ授与者を輩出している。現在、日本バレエアカデミーNBAバレエ団理事、NBAバレエコンクー審査員

森仲悠子

ゆうき みほ

橘バレエ学校を卒業後、牧阿佐美バレヱ団に入団。橘秋子、牧阿佐美に師事。ニューヨークに留学後、1971年TBSドラマ「赤い靴」主演。1978年ベルギー王立バレエ団と契約。1985年橘秋子賞優秀賞受賞。1988年服部智恵子賞受賞。現在、ゆうきみほバレエスタジオ主宰。牧阿佐美バレヱ団団員。橘バレエ学校教師。

ゆうきみほ

若松 美黄

三島由紀夫後援「6人のアバンギャルド」制作・公演。以来、自由ダンスを名乗り、舞踊作家・ダンサーを展開。民音・東京国際振付コンクール、ソウル国際舞踊を審査。フィラデルフィア、ソウル、東京などの世界舞踊祭も主催。紫綬褒章・旭日小綬章、東京新聞・舞踊芸術賞、現代舞踊協会・江口隆哉賞、舞踊評論家協会賞等、受章。現代舞踊協会・理事長、世界舞踊連盟日本会長。筑波大学名誉教授。

若松美黄
    ※以上の審査員は今までの審査員の先生です。本年度審査も多くの著名なる舞踊家によって行われます


統括責任

運営委員長/相談役

久保 栄治

8才からバレエを始め、国立ユーゴスラビアバレエ学校で2年間学び、東京バレエ団
を経て牧阿佐美バレエ団でソリストとして活躍、地元秩父市の教育功労者として活躍する傍ら、忙しいコンクール実行委員長を兼任している。 東京都出身。

久保栄治

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